ニッセイ情報テクノロジーは、顧客からのクラウド活用のニーズに応えるとともに、自社のサービス提供型ビジネスを加速するために、全社的なクラウドスキルの底上げの必要性を感じていました。この課題に応えるために、同社ではクラウドCoE(Center of Excellence)を立ち上げ、「クラウド構築・運用ガイドライン」をはじめとする各種文書を整備。クラウド活用のガバナンスを確保し、安全で高水準なサービスを提供できる体制を強化しています。
ニッセイ情報テクノロジーでは、顧客からクラウド活用の要望が高まっており実際の案件の中で要件に組み込まれるケースが増えてきていました。しかし、各事業部ではエンジニアのクラウドに関するスキルが平準化されていなかったため、十分な品質で顧客の要求に応えられない恐れがありました。そのため、クラウドのスキルやノウハウを全社的に等しく底上げできる体制づくりを必要としていました。
クラウドに関する専門家のサポートを得ながら、クラウドCoE のスムーズな立ち上げに成功。世の中の動向や他社事例をくみ取りながら、クラウド活用の平準化、ガバナンス確保のための各種文書を作成しました。これにより、DX の基盤として期待が高まるクラウドを活用したい顧客に対して、ニッセイ情報テクノロジーの知見を集約したベストプラクティスを提供できるようになりました。
― ニッセイ情報テクノロジー株式会社
クラウドサービス事業部 上席プリンシパル 兼 クラウドCoE室 室長
伊丹 康雄 氏
ニッセイ情報テクノロジーは「貢献」「創造」「尊重」を基本理念とする、日本生命グループのIT 戦略会社です。「保険・共済」、「年金」、「ヘルスケア」領域を事業の柱に据えて、世界有数の生命保険会社である日本生命グループに対するITサービスを提供するだけでなく、数多くの企業に対してITコンサルティングからシステム開発、運用、BPOに至るまでのサービスを提供しています。
最近では各企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みをサポートするべく、データ分析やAIなど新たな技術を取り入れたソリューション開発にも積極的に取り組んでいます。また、グループにおけるIT人材育成の高度化とDX推進を目的とした研修施設「TREASURE SQUARE」を日本生命とともに開設し、IT人材育成で中心的な役割を担っています。
DXの推進において欠かせない技術要素の1つが、クラウドです。しかし、同社はミッションクリティカルなシステムの構築・運用を中心に実績を重ね、規模を拡大してきた一方で、クラウドに関する高度な知見を持った技術者の充実といった点では、まだ課題を感じていたといいます。
きっかけは2年以上も前にさかのぼります。現在はクラウドサービス事業部 兼 クラウドCoE室 室長を務めておりクラウド推進の立場を担う伊丹康雄氏が、まだ現場のプロジェクトに参画していたときのこと。伊丹氏は、社内からある1通のメールを受信しました。
「その内容は、新たな開発案件でクラウドを利用したいという相談でした。ですが、その日も思わず溜息を漏らしてしまいました。クラウド上にシステムを構築したいというお客様のニーズに対して、自信を持ってデリバリーできる体制が整っていなかったからです」
結局、その引き合いは実際のプロジェクトに結びつきませんでした。
「もどかしい思いを感じました。しかも似たような機会損失の話は他の事業部でも起きていると聞いていました。確実に増えつつあるクラウド活用のニーズに会社として対応できない状況を、そのまま放っておくわけにはいきません」
クラウドの必要性は顧客のシステム構築のためだけではありません。これから同社がサービス提供型ビジネスを拡大する上で、機動力のあるインフラとしてクラウド活用は不可欠だったからです。
こうした経緯を踏まえ、クラウドをどう推進していくかを考える役割が、インフラに関する経験が豊富な伊丹氏に与えられました。「いろいろな事業部が別々に取り組んでしまったのでは、品質にバラツキがでたり、無駄が生じたりするでしょう。そんなときに頭をよぎったのがクラウドCoEでした。同組織を作って成功している会社があることを知っていましたし、当社も先んじて情報収集を行い、集中的にクラウドと向き合う組織を作れば、現状を打破できると考えました」(伊丹氏)
このとき伊丹氏は、技術の獲得だけでなく、ルールやガバナンスの統一に関する取り組みが重要になると考えました。従来は一定水準の技術レベルがなければ構築できなかったインフラも、クラウドなら数クリックです。一方で、オンプレミスにはない、クラウド固有のアーキテクチャもあります。だからこそ、安全に使いこなすための準備が必要だと考えたのです。
2020年4月、ニッセイ情報テクノロジーでは、クラウドCoEを立ち上げるための準備を始めました。
企画段階で伊丹氏は、どういう組織にするべきなのかにとても悩んだと明かします。
「クラウドの経験者は少ないので、スペシャリストばかり集めることは不可能です。そこで5名の専任メンバーを置いた上で、各事業部からクラウド経験者や事業部としてクラウドを経験させたいメンバーを、1、2名程度兼務メンバーとして参画してもらい、バーチャルな組織として活動することにしました。各事業部の責任者たちも、クラウドの重要性を理解していましたので、積極的に協力を得られ、兼務を含めて20人超の組織にすることができました。振り返ってみると、現場でクラウドに関連する仕事をしながら、新しいルール決めや研究にも携われるので、結果的に良い構成だったと思います」
メンバーが集まったとはいえ、クラウドCoEの立ち上げや推進に関する具体的な知見は持っていません。そこで同社は、専門家の協力を得ることにしました。
同じくクラウドCoE 室 スペシャリストの梶原皓太氏は、その時の思いをこう振り返ります。
「自分たちでイチから考えながら進むより、すでにクラウドCoEを運営している他社や、それをサポートしている専門家のノウハウを教えてもらいながら進めることで、素早く世の中のスタンダードに近づけるだろうと考えました」
そこで、もともと付き合いのある数社に声をかけます。その結果、クラウドCoE 立ち上げの支援事業者としてキンドリルを選定しました。
「最も重視したのは実績でした。どのような会社を支援してきたのか、どのようなドキュメントを持っていて当社向けにカスタマイズしてもらえるのか、そういった点を確認していきました。技術レベル、ガバナンスに対しての知識についても、担当者との会話を通じて知ることができました」(梶原氏)
ー ニッセイ情報テクノロジー株式会社
クラウドサービス事業部 クラウドCoE室 スペシャリスト
梶原 皓太 氏
依頼を受けたキンドリルは、社内ルール文書づくりとともに、クラウドCoE立ち上げから運用に向けたステップについて提案しました。まずは、ニッセイ情報テクノロジーが培ってきた、オンプレミスを前提としたシステムに関するルールやガバナンスの文書を確認して、それをクラウドのナレッジと突き合わせて進めることになりました。
「実際に文書を作成していく中では、意外にもそれまでのシステム開発と大きな違いがないという印象を受けました。そこで、クラウドだけを念頭に置くのではなく、クラウド未経験者でも従来のオンプレミスの知見があれば読み解けて、最適な手段を選んで設計・構築できるような文書にするよう、方向転換をお願いしました」(梶原氏)
また伊丹氏も、「オンプレミス構築もクラウド構築も、シームレスに両方扱えることが大切なのだと考えています。多彩な選択肢を持っている状態が目指すべき姿なのです」と語ります。
具体的に文書の内容を取りまとめるにあたっては、多彩な事業領域を持つからこその苦労や工夫もありました。クラウドCoE 室 上席スペシャリストの住木憲一氏は、次のように説明します。
「なるべく網羅的であり、誰でも安全に品質を保ってクラウド利用ができるかどうかに気をつけながら作成していきました。ただし、事業部毎に事業領域がかなり異なっていますので、堅苦しく統一的なルールを決めるべきではないと考えました。自由度と最低限守るべきラインのバランスをとりながら作成していくことに、かなり気を遣いました」
そのため、およそ半年をかけて作成された「クラウド構築・運用ガイドライン」は、絶対に守らなければならない「原則事項」のほか、「推奨事項」「任意事項」に分類されています。
「キンドリルからベースとなるルールを提示してもらい、それに対して当社側はシステムを扱う立場から、さまざまなケースを例示し、一緒にディスカッションを重ねながら作成を進めました。クラウドの豊富な知識を持つキンドリルと、長年システムを開発してきた我々の両方からのアプローチで、納得できるガイドラインができ上がりました」(住木氏)
ー ニッセイ情報テクノロジー株式会社
クラウドサービス事業部 クラウドCoE室 上席スペシャリスト
住木 憲一 氏
こうして、基本となる「クラウド構築・運用ガイドライン」は第一版が完成しましたが、もちろんこれだけでは実際の案件には適用できません。さらに実務レベルに落とし込んだ文書も整備を進めました。
このとき、操作方法などが違ってくるとユーザーが混乱するため、パブリッククラウドベンダーの色をなるべく出さないように作成したといいます。クラウドを使う上で一般的なガイドラインという形にして、個々のクラウドベンダーの利用に関しては、それぞれの利用ガイドラインを作成したのです。
現在までのところ、このほかにプラットフォーム(クラウド、オンプレ)やクラウドサービスの選定、Azure 利用に関するガイドラインをキンドリルと整備しました。このほかにも、ガバナンスの全体方針やセキュリティフレームワーク、ハイブリッドクラウド構成の運用管理などキンドリルから提供された情報を活用して、必要なガイドラインを検討しました。
各種文書の作成を終えたクラウドCoEでは現在、全社で共通利用できるクラウド検証環境の構築・運営を行ったり、クラウドベンダーとのパートナーシップを構築したりしているといいます。また、各事業部でクラウドの活用が進むように、アーキテクチャの設計支援も行っているところです。
さらに、人材育成にも取り組んでいます。
「これまで基本的には資格取得を支援するだけだったのですが、それだけでなく、設計する上で必要なスキルの獲得や、裾野を広げてクラウドに簡単に取り組めるよう、コンテンツを取りそろえているところです」(梶原氏)
クラウド関連プロジェクトの経験を通じた技術習得と人材育成の取り組みもあり、同社ではクラウド認定資格の取得者はクラウドCoE設置前の2019年から5.1倍に増加したといいます。そして、対応できるクラウド関連の案件も増加し、クラウド関連の案件数は2020年から累計で3.6倍に成長しました。
一方、最初に揃えたガイドラインをベースに、各ベンダーや現場レベルに落としたガイドラインや操作手順の作成にも取り組んでいます。この役割を担う住木氏はこう説明します。
「世の中のトレンドやクラウドの仕様が変わるだけでなく、現場の状況によって手直しも必要になります。情報収集をしてアップデートしながら、どれだけ現場に近づけていけるかが、クラウド利用を円滑に進めるためのポイントだと考えています」
もちろん、作成したガイドラインを社内に広めていくための取り組みも欠かせません。
「文書やツールを作っても、使ってもらわないことには始まりません。まだまだ社内でクラウドCoEの認知が足りていないように思いますので、宣伝活動は積極的に行っていこうと考えています。そうすることでクラウドCoEがもらうフィードバックも多くなり、文書などの品質も向上するでしょう。お客様がクラウドのメリットを最大限享受できるよう、クラウドを活用できる体制を、引き続き整えていきます」(梶原氏)
DXの基盤として一層の期待が高まるクラウドを活用したい企業に対して、ニッセイ情報テクノロジーはクラウドCoEに蓄積される最新の知見をもとにベストプラクティスを提供し、期待に応えていくことでしょう。
― ニッセイ情報テクノロジー株式会社
クラウドサービス事業部 上席プリンシパル 兼 クラウドCoE室 室長
伊丹 康雄 氏